マイカーの走行ルートは、インターネットの道路ナビ[NAVI TIME]で確認して行った。
第二京阪高速道路に乗り、久御山JCTで京滋バイパスに入り、瀬田東ICで名神高速道路に入り、一宮JCTから東海北陸自動車道を120kmほど走り、飛騨清見ICで出て、高山清見道路、高山バイパスを20kmほど走り、一般道路に出る。いわれはわからないが、美女街道、国道361号線、435号線、441号線と狭い道路をひた走り、御嶽山の北西に位置する濁河(にごりご)温泉に着いた。

NAVI TIMEでは、6時間14分となっていたが、朝6時10分に家を出て、現着が11時20分だった。少し早い目に到着できた。道路は特に渋滞がなくスムーズに走行できた。美女街道では、おばあさんに出会ったが、期待した美女?には出会わなかった。濁河温泉 市立露天風呂で立寄り湯をした。約一時間。お湯は少し黄濁していて、湯温は適度な状態で、少し風呂の床が滑る感じだった。誰も他に入浴客がいなくて、貸切状態だった。ゆっくり湯につかって、早秋の太陽のもとで、露天風呂を楽しんだ。

帰りに一組の夫婦と出会っただけだった。ここは、道が狭いので大型バスは出入りできない。ツアーではなかなか行かない、行けない秘湯の場所だった。
 今回は、ここで宿泊しなかったが、もし泊まるなら旅館御岳がいいと思う。

 白骨温泉に向けて再出発!
軽食を車内でとって、12時過ぎに濁河温泉を後にする。
県道435,463、木曽街道、野麦街道、野麦峠、県道39、国道158、県道84とまずまずの広さの道路を走り、約3時半かかり、目的地の白骨温泉に無事到着。
 白骨温泉は松本市側に近く、道路も整備され広い。大型バスは旅館街の近くまで入る。その後、バスターミナルに引換し夜間駐車して待機していた。
泊まった湯元斎藤旅館は白骨温泉では一番古く、由緒のある旅館で建屋の造作が大変良くて、玄関、廊下、客室の広さ、柱やほかの木の質が大変立派な旅館であった。その分、宿泊費は結構高い旅館であるが、満足度は高い。
 山の中の温泉だけあって、斜面にへばりついて建っている。大浴場や露天風呂は高いところにあり、エレベータ上って風呂に行くということになる。
お湯は白っぽく濁っているので、湯に入ると自分の足が見えない。ちょっと湯を口に含むと硫黄の匂いがする何とも言えぬ味がした。
詳しくは、湯元 斎藤旅館のホームページをご覧ください。
 http://www.shirahone.net/

  途中、野麦峠を通過、

『あゝ、飛騨が見える』とみねが兄、辰次郎の背中でか細く言った最後の言葉!

あゝ、野麦峠』で有名な戦後、ノンフィクション小説の傑作

   坂を上り切ると、白骨温泉
湯元斎藤旅館がある。
たくさんの建屋が連なっている。牧水館、明治館、大正館、昭和館、湯元館、介山荘など名前がついている。正面の昭和館に宿泊した。

http://www.shirahone.net/

翌日は、松本市内を見学、

   
 松本市旧司祭館

 重要文化財 旧開知学校校舎
 
 教室の様子 木の机と、かわいい椅子


 江戸時代の寺子屋の様子
 
大正時代の国定教科書
 
 江戸時代の武士の子弟の教科書
   
 教育勅語

理科の教科書

開知学校を後にして、信州そばを食べに立寄った。100%の吟醸そばが売り文句の店『そば処、もとき』で食した。
その後、松本民芸家具で有名な『中央民芸ショールーム』に立寄った。28年前に、ここから食卓(テーブル)とウィンザー調の椅子を買った。当時の給料では、数か月分?高価なものだったが、今、我が家のお宝になっている。造りがしっかりしていて、びくっともしない。やはり、いい仕事をやっています。久しぶりに、たくさんの民芸工芸品を見て、目の保養をした。

その後、諏訪市に行き、毒沢温泉に立寄り湯した。
ここの源泉は酸っぱい味がする独特の温泉。車がようやく通れる細い山道を上ってゆくと、古びた温泉旅館がある。秘境の温泉。

これで、今回の予定はすべて終了。あとは、中央自動車道を名古屋に向けて帰り、名神高速に乗った。復路も全く順調で、渋滞はなかったので、予定より早く午後6時に帰宅した。
全走行距離は880km、ガソリンは44リッターで、燃費は20km/Lだった。

フィットハイブリッドは高燃費で、ガソリン代を心配しないで走れる。
高速道路の走行時の騒音も、依然のインスパーアと同等に感じる、静かさだ。

信州の秘湯めぐり