2018年6月9日(日)

敬虔な仏教徒の国 スリランカ旅行記
2018年月25日(金)~5月31日(木)
JTB旅物語 S954-7C 「優雅にスリランカ 7日間

エアーライン: 中国東方航空
 関空
上海 : エコノミークラス
上海
コロンボ:ビジネスクラス


国情
正式国名:スリランカ民主社会主義共和国
スリランカは、シンハラ語『光り輝く島』の意味。
歴史は古いが、10世紀にはアラブ人に、16世紀はポルトガル人に、17世紀はオランダ人に、そして18世紀からイギリス植民地になり、1948年に独立、1972年に現在の共和国となった。

2009年5月に内戦が終結し、以降、治安が良くなった。
北部の一部地域はまだ一部地雷が残っているので、不用不急の旅行は控える事。
今回の中部・南部観光地は治安はよく、心配はない。
内戦終結と同時にヨーロッパ人観光客がやってきたが、最近はアジア人、特に日本人観光客が増えている。

発展途上国ではあるが、近年の発展は目覚ましい。

古来より、隣の大国インドの影響を強く受けてきた。この国の仏教は上座仏教と呼ぶが、ミヤンマー、タイ、カンボジア、ラオス等、東南アジア方面に伝わったので南伝仏教とも呼ばれ、東アジアの中国、チベット、ベトナムに伝わった北伝仏教(大乗仏教)との違いを見せる。

国民性は、日本の昭和期のメンタルを持っている感じがする。
コロンボのような大都市以外では、大家族で一軒家に住んでいる。

国旗
1948年に、15世紀から19世紀にキャンディ王国の赤字に金のシンハラ族のシンボルの剣を持ったライオン(シシ)をデザインしたもの。

1951年に、左に緑と橙色の帯を追加した。
緑色はイスラム教徒、橙色はタミル人のヒンズー教徒を表し、国民が仲良くしようという意図を表現した。
何故か、キリスト教徒の色がない。

1972年に英国植民地時代の呼称(セイロン)から独立し、スリランカに代わり、仏教徒と意味するものとして、オレンジ色の四隅に菩提樹の4枚の葉の模様を追加して、現在のスリランカ国旗となった。

国土・気候・時差 
日本から約7500km離れたインドの東に位置する。
時差は3時間半(遅れ)

北緯6度~10度、海洋性熱帯気候の地
国土面積は65,600平方キロメートル、世界で25番目の大きい島国。
(日本の1/6、北海道の8割)

中央部に標高2,524mプヅールタラガーラ山があり、周辺の高原地帯はとても清涼な気候で、年中、春のような陽気で、イギリス植民地時代は避暑地として別荘が建てられた。

気候は、コロンボ、キャンディを含む南・西部と、北東部で大きく分かれる。
南・西部は4月から6月、10月から11月が雨季。12月から3月が乾季。

雨季には一日に数回、スコールがある。
今回も天気予報は、連日、傘と太陽のマークが並んでいたので、行く前から雨は覚悟して行ったが、現地は数日前に大雨が降り河の水かさが増して、象の水浴びはできなかったと聞いた。
今回の旅行中は、連日、晴れ時々曇りで、熱帯の焼きつく直射日光から避けられた。
日が射すと、気温は35度程度になり、暑かったが日陰では凌ぎやすかった。

人口
  2,100万人 (この内、200万人がコロンボ周辺に居住する)

首都
 スリー・ジャヤワルダナプラ(通称:コーッテ)
 最大都市;コロンボより約13km
 1985年にコロンボより国会議事堂(日本の資金援助)を移した。

民族と宗教
 民 族   宗 教 
 シンハラ人  75%   仏 教 70% 
 タミル人   20%  ヒンズー教 10%
 スリランカムスリム   8%  イスラム教   8%
     キリスト教  12%
経済状況
 GDPは2005年⇒2010年の5年間で2倍に伸び、その後も順調に発展。
 貧困率は15.2%⇒7.6%  失業率は7.2%⇒4.9%に改善
 90%の家庭が電化されている。時々、停電がある。
 水道は39%。
 国民一人当たりGDPは3162ドル、国全体で659億ドル(2013年)
 GDP成長率は、7.3%と高い。

言語
 インド・アーリア系のシンハラ語(独特の文字)
 『おはよう・こんにちわ』は『アユボァ-ン』

貨幣
 スリランカ・ルピー(1ルピー≒0.89円) 
 現在レート(5,000円で6,500ルピー)
電力
 電力は火力発電60%、水力発電40%、で今後、太陽光発電等も増える。
 火力発電は中国の協力で建てた石炭火力だが、旧式で効率が悪い。
 電力事情は、まだ不安定で月に1、2度の停電が起きる。
 ホテルの部屋にはロウソクと蜀台が用意されていた。
 電力消費は日本の0.03倍、一人当たりの電力使用率は日本の0.15倍
 電力消費の伸びは、年4%と高いので、電源開発が喫緊の課題になっている。
 今後は、電源の多様化・ピーク負荷への対応・送配電線路の損失の改善など。
 電力供給の安定に日本政府に要請があり、JICA、東電グループ中心に対応する。

電圧
  230V~240V(50Hz) プラグ形状がいろいろあり注意が必要
  (センターピンを挿入しないと、プラグを挿しこめない構造)

産業
 1番は紅茶、2番はスパイス、3番は宝石
 ・何と言っても、セイロンティーが世界的に有名
  以前はコーヒーの栽培もやっていたが、「さび病」で壊滅的被害が出た。
  最近、少しずつ復旧させている。
 ・スパイス類は、13世紀~16世紀の東方へ大航海の動機になった。
 ・ダイヤモンドは出ないが、いろんな種類のサファイヤが産出する。


その他現地ガイド、デルさんより聞いた話を中心にまとめた
①食料品は無税、ぜいたく品(車、ガソリン等)は100%(売値の倍)税

②キリスト教はカトリック(教会の屋根に十字架が上がる)

③街角に、日本の地蔵さんのような『ホコラ』が所々にある
  お釈迦さま、キリスト教のマリア像など

  イスラム教は偶像崇拝を禁止なので、モスクには祭壇があっても、偶像はない。。
  イスラム教の創始者、マホメッド(ムハンマド)は神のお告げを聞いて、それを伝え
  る役割をした人となっている。神のお告げを表した経典がイスラム教の教えだ。
  聖地に向かってお祈りするが、その聖地にも聖堂があるが、偶像はない。


④クルマは、様々な車種が走っている。
 ・英国植民地の名残で、車は右ハンドル、日本やシンガポールと同じ。

 ・トクトク(スリーヴィーラ)
3輪にホロをかぶせ後席に2~3人乗る。ツノハンドルで、安いタクシーとして使っている。
便利だが、都市部では交通量が多く危険。
東南アジア諸国では多く使われている。インド製が多いと聞いた。
近々、使用禁止になるそうだ。


 ・自動車は日本製が圧倒的に多い。特にトヨタが一番人気
  トヨタはバス、ハイエース、プリウス、カローラなど沢山車種がある。
  二番手はホンダか。
  ホンダは人気上昇中とのこと。殆どがフィット(ハイブリッド含め)。
  三番手はスズキの軽か。
  その他は、ニッサン、三菱。トラックは日野、いすゞが多い。
  日本車は故障が少なく大人気。車は30、40年壊れるまで乗る。
 ・どういうわけか、ドイツ車が少なく目につきにくい。たまにベンツがある。
 ・道路は南部で高速道路(2車線-2車線)があるが、まだ一部だけ。
  コロンボ~ゴールまで延伸工事中。
  料金所は人と、ETCゲートがある。
 ・道路は、幹線はアスファルト舗装しているが、田舎は地道。
  穴ぼこ状態で、揺れに揺れる。水たまりもある。
  日本の50、60年昔の道路を思い出す。
 ・ペルーのリマ市内は所々にコンクリートの凸を造り、車の速度を
  落とさないと通れないようにしていたが、ここはそういうモノはない。
 ・交差点の信号機は都会(コロンボなど)だけで、整備されていない。
 ・幹線道路は、サークル(ロータリー)があり、英国植民地の名残だ。
 ・事故が起きれば、回避道路がないので渋滞する。
 ・運転は大変乱暴だが、旅行中、幸い事故現場に逢わなかった。
 ・追い越し、割り込み自由自在。バイクは車の間をスリ抜ける。
  なんでもありの運転。クラックションはバンバン鳴らして走る。
  冷や冷やするが、彼らは慣れたもの。
  車を運転する人が若いから、事故が少ないのだろう!。
  この国では、自分で運転するのは全く無理な話。

⑤田舎(地方)では、肌があさ黒で痩せた人が目立つ。
  コロンボなどの大都市では、腹が出た人が多く見られた。
  都市部と地方(農村)では、食文化や相当な経済格差があるようだ。
  一見して、インド人とそっくりな人が多い。同じ民族だから。
  女性の目は吸い込まれるようで、人懐こい目に魅了される。
  女性の服装は、両脇から腰まで空いているので素肌が見える。
  何とも言えないセクシーさを感じる。

⑥電気代は高い。
 ・ホテルの部屋にはコンセントが1つしかない。
 ・ホテルにはエアコンが設置されているが、家庭にはクーラはない。
 ・大きな羽根の天井扇風機はゆっくり回るところが多い。
 ・家庭での電力使用量が少ないので、柱上変圧器の数は少ない。
 ・発電は水力60%、火力40%とのこと。
 ・ホテルに湯ぶねは殆どない。シャワーのみが圧倒的に多い。
 。この国の人も、日常シャワーで過ごす。

⑦野犬が多いが、おとなしい。 栄養不良で痩せている。
 ・『中国は犬も食べる』と聞いたが、この国は犬は食べない。
 ・ビニール買い物袋を下げていると、近づいてくる。
  奈良のシカを思い出す。この国の犬の方が礼儀正しい。
 ・猫は殆ど見なかった。

寺を参拝する際は、必ず脱帽し、裸足になる。
 ・靴は脱いで靴置き場に置き、裸足(または靴下履き)で参拝。
  帽子も必ず脱ぐこと。

 ・これを守らなければ、入門の際に注意される。
 ・寺に入ると、石畳や砂利道など境内、建物内を裸足で歩く。
  夏の直射日光で、屋外の石や砂利が焼き付くような温度になる。
  現地人は、日ごろ裸足やセッタの人が多いので、平気だ。
  日本人には耐えられないので、靴下を履いて歩く。
 ・お寺の見学のたびに脱帽・裸足っを要求されるのには往生した。
 ・上座(南伝)仏教は戒律が厳しいことが分かった。
 ・日本は大乗(北伝)仏教なので、こういう戒律はない。
    (教訓)上座仏教寺院を観光する際は、水セッタを履くのが良い。

⑨牛は食べない。
 ・昔から、牛は農作業に使うので、人の役に立つ生き物。
 ・世話になる生き物を殺して食べることは仏教では許されない。
 ・牛は放牧している。
  朝、自分で牧草地に行き、夕方、帰ってくる。
  その際、一般道路の端をゆっくり歩いている。人は全く気にしない。
  時々、この牛が道路を横断する。その時は、車は停車して待つ。

⑩バナナな小さいがおいしい。
 ・日本で売っているバナナは20cmほどの大きさが多い。
  ここのバナナは10cmで、約半分ぐらいのサイズ。
 ・小さいが甘さはむしろ甘いかも知れない。赤いバナナは甘い。

⑪住宅は戸建て。
 ・コロンボでは、数十階の超高層ビルの建設が進められていた。
 ・工事表示板を見ると、中国企業や、LG建設や、Samsungが請負会社。
 ・工事中の50階建て超高層ビルがあった。ここは殆ど地震がない。
 ・耐震設計はどうなっているのか? 地震が起きれば大丈夫か?。
 
 ・2、3階建の家は柱が20cm程度で細く、鉄筋は細い4本だけ。
 ・1階を建てて、2階は柱だけ伸ばして放置している家が多く眼につく。
  お金ができたら2階を増築するのだろう。一先ず、1階だけ完成する。
 ・柱と柱の壁は、ブロックを積んでふさいでいる。
  ブロックに鉄筋が入っているかどうか? 単に積み上げただけか?

⑫ヤシの木は至る所に生えている。ここは熱帯地方だ!
 ・種をまいて、5、6年すると実がなる。この時、高さは2mぐらい。
 ・その後、木はドンドン成長して、高さ20mぐらいになる。
 ・ヤシの木に登り、実を切り落とす作業を職業にしている人が居る。
 ・一本の木に登る賃金は、100ルピーだから、約80円ぐらい。
 ・ヤシの実は年に3、4回収穫する。
 ・ヤシは4種類ほどあり、黄色のヤシはジュースが一番おいしい。
  試飲してみた。一個が100ルピーだった。500mlほど入っている。
  さっぱりした味で、ポカリスウェットのような爽やかな味わい。
 ・ヤシは、ヤシ油、ヤシ酒、牛乳替わりとして加工する。
 ・ヤシの実の皮の繊維は、タワシに加工する。(日本人が開発した)
  タワシは、棕櫚(しゅろ)で作ったが、ヤシのタワシは安く手に入る。
  100円ショップで売っている。長く使えるのは棕櫚が優れている。

⑬コメは3期作。年中、種まきし、刈取りするので四季がない。
  田植えはしないで、もみを直播する。

子供の教育費は全学年、無料。
 ・小学校から9年間、全児童は義務教育を受ける。1945年から実施。
 ・識字率は92.5%と高い
 ・大国、インドはカーストが現存し、宗教や身分による差別制度が
  残っているが、スリランカはカースト制度はない。
 ・今後、この国は間違いなく発展するという印象を受けた。
  日本の明治維新を思い出した。
 ・大学へは、10%程度が進学する
  大学に入るには、厳しい受験競争に勝たなければならない。
 ・コロンボ大学は、スリランカのNO.1のエリート大学として君臨する。

⑮早朝、ホテルで結婚式・披露宴が幾組も行われていたのには驚いた。
 ・5月26日は吉日で、6時に既に式は終了して、ロビーや中庭は
  着飾った沢山の人でごった返していた。
 ・新婦は白いドレスで、参列者は淡い小豆色のドレスを着ていた。
 ・暑いので、汗をかかない涼しい内に式をすると聞いた。

道端に沢山の果物屋(屋台)が並んでいる。
 ・ヤシ、スイカ、バナナ、ドリアン、パパイヤ、マンゴは豊富で安い

⑰熱帯地方の動物が住んでいる。
 ・アジア象は小型で、オスの5%だけ牙が生える。(殆どは牙なし)
 ・ヒョウ・猿・ガラガラヘビ・オオトカゲ、川にはワニが生息している。
 移動途中、道路に、1mほどのオオトカゲやクジャクが出てきて
 車は一時停車した。

⑱ケイタイ基地アンテナタワーが山や丘に建っている。
 ・ケイタイは途上国でも普及している。
 その理由は、有線電話は配線工事が大変だから。
 無線は基地局を建てれば、つながるので手っ取り早い。
 デジタル多重通信技術のおかげで、安く大量の通信が可能になった。
 高速通信の4G、LTEが普及している。

満月の日は酒は飲まない
 ・フルムーン・ポーヤ・デーと呼ぶ満月の日は、休日でゆっくり過ごす。
 この日は酒は飲まない。酒は買えない(売っていない)
 酒の販売店は鉄格子が張られ、小さな窓から買う。
 スーパーマーケットは地下に酒類販売コーナがあるが、ここも鉄格子。
 ・この日はホテルのレストランでもアルコールは出ない。
  唯一、ホテルの部屋の冷蔵庫に缶ビールが置いているところもある。
  もしくは、前日、買い込んでバスやホテルの冷蔵庫に入れておくかだ。

 ・道端の所々で布施をしている。車が止まり、人盛りで渋滞していた。
  資産家や企業がお金を出し、ご飯、カレー、モチを人々に振舞う。
 ・クリアパックに入れたご飯をもらう人で、道端が混雑していた。
 ・日本でも餅まきをして、ご近所にふるまうが同じ意味かもしれない。

⑳日本の資金援助でインフラ建設を進めている。
 ・国会議事堂の移転、建設
 ・シギリア博物館の建設、CGを駆使した紹介ビデオ、
 ・高速道路建設工事、
 ・ごみ焼却場建設
 ・発電所建設
など

中国が、この国にも巨額の融資を始めた。
 ・港湾建設や、その他インフラに資金援助し、進出を目論んでいる。
 ・コロンボ港の近くには広大な海洋埋め立て工事も進んでいた。
 ・超高層ビルは50階以上の建物になっている。

『アーユルヴェーダ』とは、『幸せに生きる智慧』
 『アーユルヴェーダ』は、サンスクリット語で「生命の科学」や「生きる智慧」の意味
 「健康で幸せな生活を送るためにどうすればいいのか」という知恵の集大成。
 伝統医療であり、生活をする上の教えとも言える。
 西洋医学の考え方ではなく、食生活や精神面の健康を重視し、体の全体のバランスをとり直すことで、病気や不具合を改善しようとする考え方。
 『アーユルヴェーダ・マッサージ』がホテルのエステで行われている。
 
 ㉓8つの世界遺産がある。(6つの文化遺産、2つの自然遺産)
 今回は、その内、6つの世界遺産を回った。

赤線はバスの行程図

ツアー行程表
日次   日付  地 名  現地時刻  乗り物  スケジュール・宿泊地
 5/25 関空
上海浦東空港
上海浦東空港

コロンボ
ニゴンボ゙
09:30発 
10:45着
14:35発
19:00着
21:00着
 
MU730
MU231

バス
関西空港⇒上海浦東空港
 2時間15分
上海空港⇒ニゴンボ
 6時間55分
ホテル着(ネゴンボ泊)
 5/26  ニゴンボ゙
アムラーダプラ





シギリヤ
07:30 






17時頃
 バス  ホテル出発
アヌラーダプラへ(4時間半)
世界遺産・アヌラーダプラ観光
 ・スリーマハー菩提樹
 ・ルワンウェリセーヤ仏塔
 ・イスルムニア精舎
シギリヤへ(約1時間半)
ホテル着(シギリヤ泊)
3   5/27 シギリヤ  08:00
午前





午後






18時頃
 
 バス ホテル出発
世界遺産・シギリヤロック観光
 ・シギリヤ博物館
 ・シギリヤ・レディ壁画
 ・ライオンテラス
 ・王宮跡
 ・ミラーウォール
ポロンナルワ(1時間半)
世界遺産・ポロンナルワ観光
 ・ガル・ヴィハーラ
 ・ランカティラ
 ・クウォードラングル

シギリヤへ
ホテル着(シギリヤ泊)
 
4   5/28  シギリア

ダンブッラ

キャンディ
 08:00
午前


午後




19時頃
 バス ホテル出発
ダンブッラへ(30分)
世界遺産ダンブッラ観光
 ・石窟寺院観光
世界遺産キャンディ観光
 ・仏歯寺 
 ・キャンディ湖
 ・王宮跡
 ・キャンディダンス見学
ホテル着(キャンディ泊)
 
 5  5/29   キャンディ



ゴール
 08:00
午前


午後
 バス ホテル出発
ピンナワラへ(1時間半)
ピンナワラ
 ・象の孤児院
ゴールへ(4時間)
世界遺産ゴール旧市街地
 ・街歩き
ホテル着(ゴール泊)
 6  5/30  ゴール

コロンボ




コロンボ
09:00 

午後




20:30

バス





MU232
ホテル出発
コロンボへ(3時間)
コロンボ市内観光&ショッピング
 ・シーマ・マラカヤ寺院
 ・ヨークストリート
 ・ショッピング

コロンボ⇒上海空港
空路(6時間55分)
機中泊
 
7   5/31 上海浦東空港
上海浦東空港
関西空港
 05:55
10:15
13:10

MU515
上海着
上海⇒関空(1時間55分)
大阪着
 

5月25日(金)
 いよいよ出発
 
関西空港⇒上海
9:30    10:45
中国東方航空
MU730

上海 ⇒ コロンボ
14:35  19:00
中国東方航空
MU231

 コロンボ近郊のバンダーラナーヤ国際空港着後、ネゴンボにバス移動
 ペガサス・リーフホテルにチェックイン、一泊

 5月26日(土)
朝、ホテルのロビーや中庭に大勢の正装した人が居たので、聞いてみると、今日は大安吉日で結婚式を挙げる日だそうです。

それにしても、朝の6時に結婚式、披露宴とは日本では考えられない。
子供もかわいい服装ではしゃいでいた。

新郎は礼装、新婦は純白のドレスを着ている。他の参列者は、写真のような小豆色のドレスを着ていた。
(ホテルのベランダで撮影)
 ホテルを出発して、アヌラーダプラに移動中、交差点の真ん中に象の銅像が建っていた。

ここはスリランカなのだと改めて実感した。
アヌダーラプラ観光の始まり
紀元前5世紀頃、スリランカ最古の都があった所。
仏教がここからスリランカ全土に広がり、さらにビルマ、タイ、カンボジアへ伝わった。
1982年に、世界遺産登録

『寺に入る際は、靴と帽子を脱いでください』の注意看板
靴と帽子を脱ぐことは参拝者に必ず要求される。

靴を預かる小屋がある。
帰りに間違いなく戻してくれる。
 門から境内に入ると、そこは聖なる地だ。

現地人は男も女も白装束で身を清める。
オレンジ色の装束は坊さん
イスルムニア精舎
天然の岩肌につくられた寺院
内部は沢山の仏像と天井に絵画が施されている。
 祭壇には蓮の花が添えられている。
蓮は仏教では仏陀が座っている台座に描かれたり、彫刻されている花。

 逆に蓮を彫刻した台座に座っていれば、その彫像は仏陀(御釈迦様)。
蓮の茎は彼岸花ぐらいの太さで、茎を折って花を供える。

 岩にゾウが彫られている。                                  
どこにあるか分かりますか?

至る所の岩に彫刻されている

本堂に横たわっているお釈迦様の涅槃の姿
足の親指の長さが違う姿は死後とされる。
 ホコラの中に沢山の仏像が安置されている。
中央は仏陀(御釈迦様)
右手のひらを正面に向け、左手を上向けにひだに置いた姿は平穏を祈る姿。

左右の仏様は両手をひだに置いている。
これは座禅を組み瞑想している姿。
精巧な彫像が展示されている。
右は「恋人の像」
左は男性が両手に女性をはべらしている。
天然の岩を活かして造ったいろんな建屋が面白い。

一行が境内を回って観光中、
階段を登ったり、降りたりと良い運動ができる。

紀元前3世紀、インド・ブッダガヤの菩提樹の挿し木をこの地に移植した。2本の菩提樹が添え植えされているが、太い木は500年程度。細い木が樹齢2000年以上の本物のスリー・マハーの菩提樹。

 ブッダガヤの菩提樹の下で仏陀が悟りを開いた。

ブッダガヤの菩提樹は他教徒により切り倒されたので、
この木の挿し木を
インドに返したものが、現在のブッダガヤの菩提樹。
 超老齢の菩提樹は数本の黄金の柱で、枝を支えられている。
スリランカには沢山の猿が居る。
日本の猿のように物乞いはしない。
顔の色が真黒で、しっぽが長い。
体長はニホンザルとほぼ同じ。

ローハ・プラサーダ(石柱群)
40本×40本の石柱だけが残る

紀元前2世紀
ドゥッタガーマニ王により建てられた僧院の跡

当時は屋根が黄金色で壮麗な建物だった。
今は、石柱が残るだけ。

ルワンウェリ・サーヤ大塔
白く巨大な仏塔
高さ55mで聳え立つ

その巨大さに驚かされる

 この大塔は門の左右を牙のある黒い沢山のゾウで守られている。

仏塔にお参りする仏教徒
大塔の周辺で、一心にお経を唱える人たち

堂内に仏陀の涅槃の像が安置されている。

死後の姿(足の親指の長さが違う)
 世界遺産シーギリア・ロック

巨岩がむくっと森から浮き上がった珍しい姿。
どうしてこういう岩ができたのか?

ガイドのデルに聞いたところ、堆積岩で丘が何千何万年の間の風雨で周囲が浸食され、一部が残ったものだという。

ネットで調べると、溶岩がむくっと噴き出して固まったという説もある。
さて、どちらが正しいか?

夕日に映えるシ-ギリア・ロック
よく見ると、頂上付近に人影が見える。
明日はこの岩のてっぺんに登る!
どこをどう歩いて登るのか楽しみだ。

 ホテルの庭からシーギリアロックが見える贅沢なスポット。
泊ったホテルはロッジハウス
 5月27日(日)
早朝、ホテルをバスで出発
 世界遺産 シーギリア・ロックの看板
 
 巨岩を中心に広い古都
  (赤い線の枠)
 入り口に、シーギリア博物館があり、ここからシギリア観光がスタートする。
シ-ギリアロックの極彩色の壁画(フレスコ画)の模写(レプリカ)がある。18人のシ-ギリア・レディが描かれている。

4枚の壁画(フレスコ)の写真
岩を平らに削り、石灰を塗り、その上に絵を描き色付けする。
書き損じた場合は、消すことができないので、手の向きを書き換えた跡が残っている絵があった。

(シ-ギリア・ロックの壁画は2017年5月以降撮影禁止)
妙齢な女性の姿ばかり
概してふくよかなおっぱいが描かれている。

王様の侍女か、誰のために描かれたのかは不明。
殺した父(前王)の弔いに描かれたという説もある。
 模写と言えども傑作
実物は、ロックの壁画で見たがちょっと見は同じようだった。

書き換えられた左手。手や指が上向きに残る線が見えます。分かりますか?
 博物館を見学後、いよいよシーギリア・ロックに向かう。

広い園内の通路を歩く。
今日も天気が良い!

標高370m、岩は200m、
階段は1200段
ある。





ここから1200段の石段が始まる!

アラウンド60歳から80歳の高齢者。全員元気だ!。

ガイドのデルの計らいで、涼しい内に行こうということで早くホテルを出たが、既に額に汗が流れる。

 二つの巨岩が突き合わされた隙間を通り抜ける

これに似た岩が高知にあったことを思い出す。
しかし、巨大さは比ではない。
石段が続く
旅する高齢者は元気だ!

岩肌に取り付けた鉄の階段を登る。
右下はロックにへばりついて取り付けている鉄製の階段と手すり
オレンジ色の壁は鏡岩(ミラーウォール)と呼ぶ
それにしても、何という危険な工事をしたのだろう!

遠くから見れば、どうして頂上に登るのかと不思議に思ったが!。
らせん階段が垂直に伸びている。スリル満点。高所恐怖症の人は耐えられないだろう。
垂直のらせん階段を登ると、シ-ギリア・レディのフレスコ画が描かれた壁画がある。
2017年に壁画は写真撮影禁止になった。
 (理由はフラッシュで退色する?)
実物の写真は撮れなかった。


 壁画を見た後、再び、らせん階段を下り、
ミラーウォールの場所に降りる。
ミラー・ウォールは高さ3mぐらいのオレンジ色で、鏡のような光沢があるので、鏡の回廊と呼ばれている。
この岩肌にも沢山の彫刻がされている。

上を見ると、垂直どころか、岩が被さって見える。
そこを通り過ぎれば、広場に出る。
 息がはずんでいるので、ここで、一休みする。

 ここから頂上まで、更に急な階段が続く。
階段の上り口に、ライオンの足爪が両側に彫刻されているのが見える。
 2人が途中でリタイヤしたが、残りは頂上まで登り切った。高齢者は元気だ!
写真では、頂上という感じが伝わらないが、頂上の平たん地の木陰で一休みする。
更に、頂の宮殿跡に登る。

こんな場所に宮殿を造るとは、深い訳があった。5世紀後半の11年間、ここに都を置き、王宮を建てた若き王が居た。
王様の二人の息子、兄が親の王様を殺し、弟が攻めてくるのを恐れて、この岩山に狂気の王宮を建設した。弟はインドの力を借りて、ここを攻め兄を殺した。

 その後、弟が王になり、都をアヌラーダプラに移した。この場所は仏教僧に寄進し、その後1400年間、歴史から遠ざかっていた。

 1875年、イギリス人が望遠鏡で眺めていて、シ-ギリアレディの壁画を見つけ、長い眠りから覚めたと言われる。下の写真5枚は頂上の王宮遺跡と、眺望
赤い土とレンガだけが残る王宮跡
何と頂上にプールがあり、今も綺麗な水が貯まっていた。
 
 シギロアロックの空中撮影写真(博物館)
 頂上にある王宮遺跡がよく見える。自然の要塞だ。
 左側面の中央部に濃い黄色の鏡岩が見える。
 
 
 
 
 

下りは、あっという間 

 午後、バスでポロンナルワへ移動 
10世紀から12世紀の間。シンハラ王朝の首都があった。仏教都市として栄えた。
円形の仏塔 ワタダーゲ
屋根が朽ち果てている
凝った装飾の石柱が残る
ラター・マンバタ

石柱の上に屋根があったことを示す看板がある

ワダーゲ
柱の上に木道建築があった

ランカティラカ

高さ17.5m、奥行き52m、幅18m
内部には、頭のとれた巨大な仏像が立つ

この横隅から仏像の後ろに瞑想の道と呼ばれる薄暗い道がある。

スリランカの仏像の造り方
レンガを積んで、大まかな形を造る。
その上に石灰(しっくい)を塗って表面を形造る。

スツーパと墳墓
沢山の仏教遺跡が残る地域

ガル・ヴィハーラ

長く大きな岩に、涅槃像、立像、坐像が彫られ並んでいる。



左の涅槃像は仏陀(御釈迦様)が入滅後の姿
(両足の親指の長さが違うことで分かる)


左下の坐像は穏やかな瞑想にふける仏陀
4人の僧侶が読経している。


右下の立像は凛と佇んでいるお姿
連泊、シーギリア・ホテルに帰る
 5月28日(月)
 世界遺産 ダンラップ石窟寺院観光高さ150mの岩山の中腹に岩をくり抜いて造った5つの石窟寺院が並んでいる。

辿り着くには、階段を歩いて登らなければならない。

まず、第一窟から入る。
自然石を削った涅槃仏
長さは何と約14m
足の裏は、真っ赤に塗られ、丸い模様がある。

下の写真は角度を変えて、頭から撮ったもの。

 

 天井の一か所から水が滴り落ちているところがある。何千年も以前から立ち消えることなく落ちている聖なる水
不思議さを感じる。
上の写真は極彩色の仏像

 天井には、同じく極彩色の仏陀が描かれている。

下の写真は、天井一面に描かれた数々の仏様

連なった5つの石窟寺院を観光し引き上げる一行
 スパイスガーデン へ
観光客用に沢山の種類のスパイスが植樹され、スパイスの効果を説明している。

下は、綿の実
綿は丸い実が普通だが、ここはアケビのような形


仏歯寺

スリランカを代表する仏教寺院

アジア3大祭りとしてあげられる
ペラヘラ祭りが行われる場所
2階の舎利殿
 仏歯が祀っている。

この仏歯とは、BC543年にインドで仏陀(御釈迦様)を火葬した際、釈迦の歯を手に入れたものと言われる。

スリランカでは、王位、都が移るたびに、仏歯も移行。
王位の証ともなっていた。
 1階の本堂


毎年、夏に行われるペラヘラ祭りは大変にぎわう。仏歯の入った仏舎利が華麗な衣装をまとったゾウの背中に載せられて、市内を練り歩く。2週間の祭り。
世界中から観光客が殺到する。その様子を描いた壁画。
ペラヘラ祭り

ペラヘラとは行列の意味
アジア3大祭りの一つとも言われる。
8月16日~25日の10日間、大行列が毎日行われる。
40頭から100頭のゾウが行列に参加する。
2枚の写真は、ネットから拝借


夜は電照で飾られたゾウが
ゆっくり練り歩く。

この期間は、ツアー客でホテルは一杯になり、ツアー料金は跳ね上がる。
キャンディー湖

ゆったりとした空間と時間を感じる光景
 
 世界遺産 キャンディー・クイーンズHotelに宿泊
 5月29日(火)

クイーンズ・ホテルのロビー
年代物の金色の柵のエレベータが階段の右に見える。
この柵を手で開閉しなければならない。

ホテルのベランダからキャンディー湖の眺望
 
 キャンディからゴールへ途中、紅茶店に立ち寄る。

紅茶の入れ方を教わり、試飲をする。

店内はいろんな紅茶があり、さすがセイロンティーの本場という感じ。

また、純白や、金色・銀色に輝く紅茶ポットも大変きれいだった。






 途中、バスを止め、道端に並ぶ果物屋台でバナナの買い物
 
赤いバナナを買い、皆で食べた。
日本で売っているバナナの半分の大きさ。

その他、パパイヤ、マンゴ、パイナップル、スイカ等、果物は豊富で安い。



ビンナワラのゾウの孤児院

ここは、病気や傷付いた像を保護している。

大食漢のゾウの餌を賄うために、入園料は大人2500ルピーと高い。




アジア象はアフリカ象に比べて、体は小さい。

孤児院で過ごしたゾウは森に返すと、野生のゾウの仲間に入れなくなる。
人の臭いが着き、野生のゾウが認めないらしい。

そのため、飼育数が増え、対応に苦慮している。



牙はオスのゾウで、その内5%しか生えない。
アフリカゾウには牙がある。
ゾウの糞は、未消化の植物繊維が多いので、洗って曝して、蒸して、その液を抄いて紙をつくる。

実際に、この店でいろんなゾウの紙製品を売っていた。








ゾウの孤児院から200mほど離れた場所に川がある。

毎日、定時に20頭ほどのゾウを連れ出して水浴びをさせる。

ゾウは水浴びが大好き。
 
アジア象はおとなしい。
しかし、近寄るとその大きさに圧倒される。

この周辺にはワニがいない。
スリランカの川には淡水ワニが生息しているので注意が要る。





左は柱上変圧器(高圧6KVを240Vに変換する)
中央は特高送電線(10万V程度)、右は幹線特高送電線(15万V程度)
このような1階を完成して住みながら、2階部は柱のままという民家や店が多い。
ここは地震がないので、コンクリート柱は極端に細い。しかも柱は細い鉄筋が4本入っているだけ。
壁はブロックを積んでいる。
地震が起きれば、ひとたまりもなく崩壊するだろう。

同じ光景は、ペルーのリマで見た。
 最終の観光地ゴールに到着
世界遺産旧市街地
を散策

コロニアル風の建物が並ぶ景観保存地域

オランダから始まり、スペイン、イギリスの植民地として統治されてきた名残が見られる。
 イスラム色を残した教会
白い壁が多い旧市街地区
オランダ統治時代の要塞跡

インド洋が広がる

時計台は壊れたままで、時を告げないで建っている。

砲台跡や、分厚い擁壁で周囲を取り囲んだ要塞跡
1938年にイギリスにより建てられた灯台

この周辺は観光スポット
 5月30日(水)
いよいよ最終日

今回のツアーで世話になった小型バス
トヨタ製

エアコンはよく効いたので快適だった。
12名のツアーとしては、座席のゆとりがなく、移動時は窮屈な感じだった。

余り贅沢は言わないでおこう。
コロンボ市街から13km離れた近郊に首都を移転した。

車窓から撮った国会議事堂

和風を感じたが、日本が出資した建物と聞いた。
凛とした佇まい。

ジェフリー・バワー設計
ツアー最後の観光寺院

シーマ・マラカヤ寺院
 ジェフリー・バワ設計

屋根の傾斜は日本のお寺と似ている。
瓦はきれいな青色。
 堂の周囲は木の格子で風と光が適度に入る。

3体の仏像を祀っている

とてもカラーフルできれいだった。

このお寺の本堂の周囲が回廊になっている。
回廊を歩くと、近代的なコロンボ市街が見える。
さすが、最大都市コロンボ、
高層ビルが建ち並んでいる。
 現在、建設中の50階建て超高層ビル

工事の看板を見ると、韓国建設会社の名前があった。

コロンボは、港町でもあり、海の埋め立て工事や、港湾設備を中国が請け負って進めている。

中国の覇権が、小さな島国まで及んでいる。
市街地のデパート?

近代的なビル群と、3輪車が経済発展の格差を感じる。
 赤いレンガの銀行?
 ロータスタワー(高さ350m)
蓮をデザインしたもの
花弁の部分に、レストラン・展望台がある。
南アジアで一番高い。コロンボ市内のランドマーク。
基礎部に国際会議場、商業施設等がある。
中国の資金援助で建設された。
 
 
 コロンボ市街観光を終え、空港に直行。
 帰国の旅に着く。 無事帰国。

 スリランカ旅行を振り返っての感想
①一番印象に残ったのは、上座仏教、仏教徒が70%を占めること。
仏教は仏陀(釈迦如来)がインドのブッダガヤの菩提樹の下で悟りを開いたと言われるが、その教えがスリランカに伝わり、ここから東・南アジア諸国に広がった。
 仏教の発祥地、インドは今はヒンズー教であり、仏教は極少数派だ。
そういう意味で、仏教の世界への伝播にスリランカが果たした役割は非常に大きい。
上座(南伝)仏教なので、寺にお参りする人々は仏を心から信じて拝んでいる姿が伝わってくる。彼らの穏やかな姿を見ると癒される。
②仏寺を回るたびに、裸足になり、帽子を脱がなければならない。彼らはごく当たり前にそれを受け入れて、素足で寺院内を歩いている。
靴を履いていても、裸足でも同じことではないかと思うが、それは仏教の教えの本当の意味が分かってないからだろう。

我々日本人は、死んだ時は坊さんにお経をあげてもらう。しかし、それは葬儀というしきたりとしてやっているように思える。

『信仰とは、心から信じて疑わず』ということが前提になっているはずだが、日本人は本当の信仰心を持っていない民族だと思う。
社会のしきたりとして、ある時は仏に頼り、ある時は神を拝み、神様・仏様と、自分の都合によって、適当に使い分けしている。
結婚式は、仏式もあり神式もあるが、人気があるのは教会、もしくはホテルで挙式する場合は神父さんや牧師さんに来てもらい、キリスト教のスタイルで行う。
こういう民族は世界中で日本人しか居ないのではないか?と言う気がする。
③スリランカはGNPはまだ低い。一人当たりGDPは3162ドル(約35万円/年)
最近、経済成長率が7%を上回ったが、国際競争力は142か国中、52番目。

その小さな国が子供の教育費を無料で行っている。これは素晴らしいことだ。
日本は江戸時代に寺子屋制度があり、当時の国民の識字率は世界NO.1だった。
その後、明治政府が学校教育(義務教育)に力を注いだ結果、国力が急速に伸びた。
スリランカの国民の識字率は、92%と途上国としては非常に高い。

いま、日本は教育の格差が問題になっている。
小中学校の義務教育は維持されているが、高校、大学に進むための異常な受験競争が起きている。そのための『塾』という教育産業が盛んになった。
スリランカも大学へは10%の子供しか進めないと聞いた。厳しい学力競争に勝った学生が手にすることができる。

日本は今、階層が2極に分かれる社会現象が生じている。
高位の学校に入り、高度な学力や専門知識を着けることは大切なことだ。しかし、受験に参加できる子供が親の資金力に左右されることはあってはならない。
それは、家庭が豊かでなければ進学できないからだ。

格差が固定化し、次の世代に継承されるなら、負の遺産として連鎖するから。
誰もがチャレンジできるチャンスは、平等に与えられなければならないと思う。
④今まで、キリスト教文化圏に行くことが多く、アジアにはあまり行かなかった。仏教文化に興味がない訳ではないが、日本の寺院に祀られている仏像を見慣れると、海外の仏像はよく言えば『ふくよか』で、悪く言えば『大雑把な体形の仏陀像』が多く、涅槃の姿(死後の横たわる姿)が多いので、何か違和感があった。

もう一つはアジア各国の観光地のごみごみした状況があまり好きではなかったから。
今回、スリランカに行って、その感覚が少し変わったような気がする。

それは、心身共に仏陀に祈りを捧げている人々を見て、日本では見られない信仰の姿を身近に見たから。
できれば仏教の生誕地のインドに行ってみようという気持ちになりつつある。
しかし、インドは仏教徒が少なく、ほとんどがヒンズー教徒だ。

スリランカは世界に仏教を布教する経由地のような役割を果たした重要な地だということがよく分かった。行ってみて、初めて分かることが多い。
隣の大国、インドについて少し予習をしている。
・インドはヒンズー教が8割、イスラム教が1割強、仏教徒がわずか1%しかいない。
仏教発祥の地でありながら、仏教徒が超少数派なのには驚いた。

・世界の宗教は、キリスト教、イスラム教、そしてヒンズー教の順になっている。

・ヒンズー教はバラモン教と、インダス文明時代からの民間信仰が融合した民族宗教で、宗教というより社会制度や文化全般に関わる概念のようなもの。
ネパールにも多数の信者がいる。

・世界の宗教を見ると、発祥地が一番信者が多いというわけではない。
キリスト教もイスラム教も世界の注目を集めるエルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教の聖地であるが、信者は世界に広がっている。

・仏教も、南アジア(タイ、ビルマ、カンボジアなど)の南伝仏教(上座仏教)と、東アジア(中国、韓国、日本など)に広がった大乗仏教がある。

・近年は、上座仏教(南伝仏教)を小乗仏教とは言わない。
昔、社会科の学習時に、大乗仏教と小乗仏教と習ったが、小乗仏教という言い方は大乗仏教側から見た呼び方で、見下げたような呼称ということで公式的には、上座仏教または南伝仏教が正しい。

・どの宗教にも共通して言えることは、開祖の教えを弟子達が伝承してゆく。その過程で、開祖の教えや考え方を多くの弟子の理解の仕方の違いで、いろんな分派が発生し、互いに自分の説が正しいと主張し、分裂し、いろんな宗派が存在する。一種の派閥形成である。
たとえば、キリスト教では、ローマカトリック教、プロテスタント、ギリシャ正教、ロシア正教、イギリス正教と沢山の分派がある。中でも多くの信者を擁しているのは、ローマカトリックとプロテスタントだ。
イスラム教では、スンニ派とシーア派があり、同じイスラム教徒で、互いに戦争している。宗教戦争ほど怖いものはない。
それは、自分が信ずる神様に命を預けることは神に忠節を誓い実行していると信じているからだ。日本人はそこまで心底、信じる神や仏様を持っていない。

これは、『守破離』という言葉があるように、先達の教えを学び、会得し、そして自分なりに新しい考えを組み立てるという人間の創造的な思考の結果だと思う。
そういうことで人間社会は進歩してきたのだから、仕方ないことだと思うようになった。

次回は、スリランカに多大の影響を及ぼしたインドを見てみたい。
⑥上海⇔スリランカは、ビジネスクラスだった。
ゆったりした座席、フルリクライニングシートは、帰りのフライトが夜なので、大変楽で旅の疲れが癒され、よく眠れる。
高齢者一行、旅行中なんのトラブルもなく、無事に楽しくツアーができた。
旅行記をまとめました。気づいた点は修正や追記します。
記憶違い、ミスなどあると思います。ご容赦ください。